たしかに、感動作だったのかもしれない。
でも、どこかで心が置いていかれた気がしていた──。
『タコピーの原罪』を読み終えて、時間が経ってもなお消えなかった“ひとつの引っかかり”について、今日は話したいと思う。
『タコピーの原罪』最終回あらすじとネタバレ
しずかとまりなの再会──記憶のない“やさしさ”
最終話、しずかとまりなが中学生になった姿で再会する。ふたりは過去の出来事を何も覚えていない。けれど、その空白は、決して無意味ではなかったように見えた。
まりながふと呟いた「おはなしがハッピーをうむんだっピ」というセリフ。それはタコピーが繰り返していた言葉だった。彼女たちがタコピーの存在を忘れているはずなのに、その一言だけが残っていた。
それは記憶というより、心に刻まれた“感情のかけら”だったのかもしれない。
タコピーは、自分がこの星に来た意味を見つけようとしていた。誰かを笑顔にするために、ただそれだけの純粋さで行動していた。
しずかとまりなの過去は決して軽いものではない。痛みも、怒りも、絶望もあった。けれど今の彼女たちには、少なくとも“優しさ”が残っている。
それは、タコピーが願っていた未来だったのだと思う。
ラストの“落書き”が意味するもの
ふたりが歩いていた路地の壁に、タコピーの落書きがあった。
その姿は子どもが描いたような単純な線で構成されていたが、不思議と温かみを帯びていた。それを見たまりなが口にする、あのひとこと。
「おはなしがハッピーをうむんだっピ」
この瞬間、ページの中に静かに時間が止まる。
タコピーは、彼女たちの記憶からは消えた。けれど、タコピーの“願い”は、言葉として残っていた。誰にも気づかれず、しかし確かに、彼の存在は未来に繋がっていたのだ。
それは、“救い”と呼ぶにはあまりにも静かで、ささやかな奇跡だったかもしれない。
タコピーの“原罪”とは何だったのか
理解できなかった“人間の感情”
「原罪」という言葉は重い。それは宗教的な意味合いだけでなく、「知ってしまった」ことへの代償をも含んでいる。
タコピーにとっての“原罪”とは、おそらく「人間の感情を完全には理解できなかったこと」ではないだろうか。
ハッピー星から来たタコピーは、純粋だった。ただ“みんなをハッピーにしたい”という思いだけで行動し、人間の複雑さや痛みに無防備に飛び込んでいった。
その無垢さは、ときに誰かを傷つける。
まりなの苦しみも、しずかの悲しみも、最初のタコピーには理解できなかった。だからこそ、彼の行動は“罪”のように描かれるのかもしれない。
罪ではなく、“祈り”だったのでは
けれど私は思う。タコピーの行為は“罪”ではなく、“祈り”だったのではないかと。
彼は自分がわからないものを恐れず、わからないまま愛そうとした。完全に理解できなくても、手を差し伸べようとした。
それは、人間でも難しいことだ。
結果として、しずかとまりなは新しい未来を手に入れた。それがタコピーの犠牲の上にあったとしても、そこに“意味”は確かに存在していた。
タコピーの“原罪”は、彼の“純粋さ”そのものだった。
そしてその純粋さこそが、物語の最後に小さな光を灯していたのだと思う。
“救い”はあったのか──読後に残る余韻
読者に委ねられた“救済”の定義
『タコピーの原罪』は、明確なハッピーエンドでは終わらなかった。けれど、だからこそ私たちは問われる。
「救いとは何か」と。
誰かが救われたことが、そのまま他の誰かの救いになるとは限らない。
しずかとまりなは前に進み、笑顔を見せるようになった。それを“救い”だと感じる人もいれば、「タコピーの犠牲がなければ」という思いを抱える人もいるだろう。
この物語は、「答え」を提示しない。むしろ、読者自身に問いの余韻を託して終わっていく。
タコピーが残したものと、私たちの記憶
物語のラスト、タコピーの記憶は誰にも残っていない──はずだった。
だが、まりなが口にした言葉や、壁の落書きに象徴されるように、「想い」だけは確かに残っていた。
記憶や名前が消えても、感情や行動の“痕跡”は、人の中に残る。
その痕跡が、未来を少しずつ変えていく。たとえ直接覚えていなくても、どこかでやさしさを思い出すように。
タコピーは、自分の存在ごと消えることを選んだ。でも、その“選択”が残した温度は、ページを閉じたあとにも私たちの中に残り続ける。
それこそが、「救い」だったのかもしれない。
まとめ:これは誰にとっての物語だったのか
『タコピーの原罪』は、誰かを救いたいと願った宇宙人と、救われたかったふたりの少女の物語だった。
でもそれは同時に、私たち自身の物語でもあったのだと思う。
誰かの気持ちを理解したいと願いながら、どこかで届かないもどかしさを抱えていた人。
大切なものを守ろうとして、うまくいかなかった人。
正しさよりも、“やさしさ”を信じたかった人。
そんな心の奥にあるざらつきを、この物語は静かにすくい上げてくれたように思う。
感動しきれなかった読者にも、無理に涙を強いなかった。
それでも、ページを閉じたあとに残る温度があった。
それで、十分だと思う。
この物語を、“どう思ったか”をあなたが決めてくれたら、それでいい。
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