『ばけばけ』三之丞はなぜ「社長にしてほしい」と言ったのか──弟であることの孤独

作品の考察

2025.11.08

記事内に広告が含まれています。

「社長にしてほしい」。
あの瞬間、胸の奥がざわめいた人は多いのではないでしょうか。
『ばけばけ』の雨清水三之丞（板垣李光人）が放ったこの言葉は、

ただの野心や冗談ではなく、
“弟であることの孤独”が形になったひとことでした。

わたしたちは、誰かの下にいるとき、
ふと「自分の番は来ないのでは」と感じることがあります。
三之丞の言葉には、そんな静かな絶望と願いが混ざっていました。

三之丞という存在 ― 家の中で居場所を失った三男

雨清水家は、没落した士族の家。
誇りだけが残り、暮らしは傾き、
働くことすら「家格を下げる」とされる世界でした。
三之丞はその三男として生まれ、
兄たちのように家を継ぐわけでもなく、
父のように威厳を持つこともできず、
ただ“何者でもない自分”として育ちます。

彼に託された役割はなく、
求められるのは「家の名にふさわしい態度」だけ。
だからこそ、彼の中にはいつも
“何かを成し遂げたい”という渇きがあったのだと思います。

第29回、三之丞は牛乳屋の前でこう言いました。
「僕を社長にしてください」――。
一見すれば厚かましい願いにも聞こえます。
けれどその裏には、
“働くこと＝恥”という家の価値観と、
“誰かに認められたい”という切実な思いが入り混じっていました。

兄たちがいなくなり、家が崩れかけた今、
彼はようやく“自分の番”を迎えたような気がしたのかもしれません。
けれどその「番」は、
誇りと現実の板挟みの上に立つ、
とても危ういものだったのです。

こちらの記事もおすすめ

三之丞の「なぜ」を紐解くとき、
見えてくるのは“弟”という立場の孤独です。
兄のように頼られることもなく、
父のように導くこともできない。
家の中で、いつも「誰かの次」に立たされる存在。
その場所では、どれほど手を伸ばしても
「一番」にはなれません。

だからこそ彼は、
“社長”という言葉に「自分だけの肩書き」を見たのかもしれません。
弟としての役目を超え、
ようやく誰かに“名を呼ばれる側”になりたかったのです。

三之丞が本当に求めていたのは、
権力でも成功でもなく、“承認”でした。
「誰かの弟」ではなく、「自分自身」として見てほしい。
でも彼の育った家では、
努力ではなく“格”でしか人の価値が測られませんでした。
だから彼は、
「社長になれば、ようやく認められる」と信じたのです。

けれどその言葉は、
彼の弱さとやさしさを同時に映していました。
人は孤独の中で、自分を守るために“肩書き”を求める。
でも本当は、ただ“ここにいていい”という場所が欲しいだけなのです。

『ばけばけ』の三之丞は、
時代と家制度に押しつぶされながらも、
懸命に「自分でありたい」ともがく人でした。
彼の「なぜ」という問いは、
“生きる意味”を見失いそうになった誰かの心に、
静かに響くのかもしれません。

あなたがもし、誰かの影で苦しんでいるなら。
三之丞のあの一言を思い出してみてください。
「社長にしてほしい」――それは、
“居場所がほしい”という、誰よりも人間らしい願いだったのです。