ドラマ『ばけばけ』を見ていて、ふと胸がつまるような場面がありました。
トキという少女が、生まれてすぐに養子に出されたという事実。
その一言に、静かに息をのんだ人もいるのではないでしょうか。
「どうしてそんな小さな子が、手放されなければならなかったのだろう」
そう思うと、胸の奥がやわらかく痛みます。
でも、その背景を知ると――そこには、悲しみだけではない“誰かを想う選択”があったのだとわかります。
この記事では、トキ(=小泉セツ)がなぜ養子に出されたのかを、史実をたどりながらやさしく紐といていきます。
そしてその出来事が、彼女の人生や『ばけばけ』という物語に、どんな静かな光を灯しているのかを見つめていきましょう。
『ばけばけ』のトキは、実在の人物・小泉セツがモデル
『ばけばけ』の主人公・トキは、実在した女性「小泉セツ」がモデルになっています。
セツは、明治の文豪・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の妻となった人物。
彼女は、異国から来た夫と心を通わせ、彼の作品の源になったとも言われています。
けれど、その穏やかで芯のある女性には、知られざる生い立ちがありました。
生まれてわずか七日後、彼女は自分の実家を離れ、親戚の家へと養子に出されたのです。
『ばけばけ』のトキが背負っている“静かな影”のようなものは、まさにこの事実から生まれています。
なぜ小泉セツ(トキ)は養子に出されたのか
セツが生まれたのは、幕末の島根・松江。
父は旧松江藩の上士で、家格も高い武家でした。
しかし、親戚筋にあたる稲垣家には子どもがいなかったのです。
そこで「次に生まれた子を、うちの養子に」という約束が交わされました。
その約束のもとに、セツは生後まもなく稲垣家の養女となりました。
今の感覚では信じがたいことですが、当時の武家社会ではごく自然な決断だったといいます。
家を継ぐ者がいなければ、その家は名を失い、財産も取り上げられてしまう――。
そうした社会の中で「養子を迎えること」は、家を守るための“愛の形”でもあったのです。
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生後わずか七日での養子縁組――“家”を守るための選択
セツが養子に出されたのは、生後わずか七日後のこと。
その小さな命が、自分の意志を持つ前に「どの家で生きるか」を決められてしまう。
それは今の私たちの感覚からすれば、あまりにも早い別れです。
けれどその決断は、家族の冷たさではなく、“二つの家の祈り”から生まれたものでした。
実家の小泉家は、「家を継ぐ約束を果たす」という武士としての責任を果たしました。
そして稲垣家は、「この子を大切に育てよう」と心に誓いました。
その日、小さな命は“出された子”でありながら、“迎え入れられた子”にもなったのです。
その二つの想いが重なった場所に、トキの物語の原点があります。
“出された子”と“迎えた家”――二つの想いのあいだで
生まれてすぐに手放されるというのは、どんな意味を持つのでしょうか。
そこには、“出す側”と“迎える側”、ふたつの想いがありました。
小泉家にとって、それは愛するわが子を手放す痛みを伴う決断。
けれど同時に、それは親戚の家を守るための「信頼の証」でもありました。
一方で、稲垣家にとっては、“子を迎える”という願いの実現でした。
血はつながらなくても、命を継ぐことはできる。
彼らはセツを「お嬢(おジョ)」と呼び、丁寧に大切に育てました。
その家庭で彼女は、やがてまっすぐな心と静かな強さを身につけていきます。
セツが後に見せた「人を包みこむようなやさしさ」は、
もしかすると“出された痛み”と“迎えられた温もり”の、両方を知っていたからこそ。
光と影のあいだに生まれた、その繊細なやさしさこそが、トキという人物を形づくっていったのかもしれません。
『ばけばけ』のトキが見せる“根を探す姿”
『ばけばけ』の中で、トキはいつも誰かのために動き、
ときには自分を後まわしにしてしまうようなところがあります。
それは弱さではなく、「自分の居場所を探す」人の自然な姿なのだと感じます。
どこに立てば安心できるのか。
誰にとって自分は必要なのか。
そんな問いを、彼女は言葉にせずに生きてきたように見えます。
でもその沈黙の奥には、“居場所を見つけたい”という小さな祈りが流れているのです。
もしかしたらトキは、ずっと心のどこかで“根を張る場所”を探していたのかもしれません。
血のつながりではなく、心でつながる関係の中にこそ、
人は本当の「家」を見いだせる――彼女の生き方は、そんな静かな答えを示してくれます。
家ではなく、“心”でつながる家族へ
時代が変わり、武家の制度がなくなっていくなかで、
「家」よりも「人」が大切にされる時代が訪れました。
トキ/セツはその移り変わりのただ中を生きた人でもあります。
彼女が出会った小泉八雲――のちの夫は、
血のつながりとは無縁の場所からやって来た“異国の人”でした。
けれどふたりは、言葉を超えて心で通じ合い、やがて“家族”になっていきます。
それは、古い価値観から新しい時代への“橋渡し”のようでもありました。
トキ/セツは、自分の原点が「家のための養子」であったとしても、
最終的には「心でつながる家族」を自ら選び取ったのです。
だからこそ、彼女の物語はどこか希望の光を帯びています。
出された場所から、愛を育てる場所へ――その歩みこそが、彼女の人生そのものだったのだと思います。
まとめ|“出された”ことは、“選ばれた”ことでもある
トキ(小泉セツ)が養子に出されたという出来事は、
一見すると、悲しい運命のように見えるかもしれません。
けれどその裏には、彼女を想う人たちの祈りと、命をつなぐための“静かな決断”がありました。
彼女は「出された子」でありながら、同時に「選ばれた子」でもあったのです。
そしてその経験が、のちに彼女が見せたやさしさや包容力の根っこになっていきました。
『ばけばけ』をもう一度見るとき、ぜひその“光と影のはざま”にある想いを感じてみてください。
あなたがトキを見つめる目の中に、
誰かを想う気持ちや、自分の居場所を探してきた記憶が、
そっと重なるかもしれません。
そしてその瞬間、この物語の灯りが、あなたの胸にも静かにともりますように。



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